まぶねのなかに うぶごえあげ
木工(たくみ)の家に人となりて
貧しきうれい 生くるなやみ
つぶさになめし この人を見よ
食するひまも うちわすれて
しいたげられし ひとをたずね
友なきものの 友となりて
こころくだきし この人を見よ
すべてのものを あたえしすえ
死のほかなにも むくいられで
十字架のうえに あげられつつ
敵をゆるしし この人を見よ
この人を見よ この人にぞ
こよなき愛は あらわれたる
この人を見よ この人こそ
人となりたる 活ける神なれ
「馬槽のなかに」讃美歌 121番

由木 康 1923 "Mabune" 安部正義 1930
澤田さんからのリクエストでした。
素晴らしい賛美とお話をありがとうございました。
Arranged by KS 04/11/20
御使たちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは「さあ、ベツレヘムへ行って、
主がお知らせを下さったその出来事を見てこようではないか」と、お互いに語り合った。
そして急いで行って、マリヤとヨセフ、また飼葉おけに寝かしてある幼子を捜しあてた。
羊飼たちは、見聞きしたことが何もかも自分たちに語られたとおりであったので、
神をあがめ、またさんびしながら帰って行った。
ルカによる福音書 2章15節-16節、20節

採用していただきありがとうございます。 楽しみにしています。
わたしには6歳と4歳と5ケ月の孫達(いずれも女子)がいます。みんな教会に行っています。
彼らにこの曲や掲載されている讃美歌を聞かせたく思います。わたしは20歳のときにキリストを信じて以来
今年で42回目のクリスマスを迎えようとしています。アメリカやドイツなどでのクリスマスも何回か経験しました。
すばらしく、又はなやかです。毎日のキリスト者としての生活の中でクリスマスは特に信仰が高揚するのをおぼえます。
貧しさの中に生まれられ、枕するところもなく旅をしながら病の人を癒し神の国の福音を述べつたえられ、
反対と迫害の中でも耐え忍ばれ、最後には無実なのに十字架で処刑されたキリスト。
わたしが永遠の命を得るためには神の前に正しい者でなければならない。わたしは完全には神の前に正しい者ではない。
聖書はこれを罪人であるという。罪人は永遠の命を持つことはできない。
しかしその人が処罰されたらその罪が許されて罪なき人になる。キリストは私の身代わりとなって十字架で処罰された。
わたしが処罰されないで無実のキリストが処罰された。これは私のためであった。
それを感謝してキリストを私の救い主と信じるものは神の前で正しいものとされて永遠の命を持つ。
この感謝と喜びを再確認するのがクリスマスです。
あるときは雪の中を、ある時は冷たい風の中を歩きキャロリングしたこと、寒さの中にも心が熱く燃えていたことを思い出します。
さあ、今年も教会で、栄前で、家で”この人”、”生ける神”キリストの誕生をお祝いしましょう。
澤田昭英
Sent: Saturday, November 06, 2004 8:20 AM